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海王丸と富山湾の曇り空

森友・加計学園問題は6兆円の公共事業費や5兆円の防衛費など税金の使われ方を問うている

コンセンサスの形成は組織維持の大原則

企業や行政機関を問わず、組織は基本的に保守的である。組織を維持できる能力のある人材が出世するからだ。しかし保守的であるだけでは組織は存続しない。当然のことながら新しいことにチャレンジする革新的な取り組みも必要だ。そのため革新的な人材も出世する。保守と革新のせめぎ合いのバランスをどう取るのか、トップの裁量が問われるところだ。

保守的な施策の基本は前例主義である。既存業務という組織最大の存在理由を継承するためには前例主義が基本になる。企業にあっては主力の商品やサービス、行政機関にあってはさまざまな既存の行政サービスやこれまで押し通してきた各種施策の継承である。時代の流れに応じた最適化も当然行われるが、それは慎重に進められる。

革新的な施策の基本はコンセンサス主義である。革新的な施策の多くは失敗したり、さまざまな軋轢を生じさせる。東芝のように原発事業に失敗すると企業の存続が危うくなるし、新しい事業にヒトやカネが費やされると、既存業務との間に軋轢も生じる。だから事前のコンセンサス形成が重要なのだ。

森友・加計学園問題も同じだ。総理の「岩盤規制にドリルで穴を開ける」という方針は官僚組織からすると革新的な取り組みを意味する。とすると穴の開け方すなわちコンセンサス形成が重要になる。コンセンサスを形成するためには、そこに至るまでの詳細な経緯もしくは提案理由と責任者の明確化が必要不可欠だ。それが書き込まれてはじめて、上位組織なり上位者は承認を与えることができる。

巨額な税金が白紙手形で使われているという疑念 

この間の国会質疑では森友・加計学園問題には多くの特例があったことを財務省も認めている。野党は特例が多すぎると攻め、総理以下自民・公明の与党議員は岩盤規制に穴を開けるのだから数多くの特例は当然だと言い放ってきた。

規制緩和するのであれば特例が多いのは当然のことだろう。しかし問題はその進め方だ。特例がいくら多くても説明責任がしっかりと果たされれば、見解の相違あるいは政府の方針、場合によっては総理の裁量の範囲だとして納得する国民もそれなりにいるはずだ。

しかしこの間、行政組織がやってきたことはおよそ説明責任とはかけ離れた文書の破棄や黒塗りの連続だった。加えて今回朝日新聞のスクープで明らかになりつつあるのが、文書の偽造や改ざんだ。

改ざんの内容が森友学園に対する土地売却の経緯と理財局長承認の削除だったのは象徴的だ。不完全な経緯と誰がゴーサインを出しのか不明な文書は、いくら長い文書であっても白紙手形に等しく、組織内のコンセンサスを得ることはできないし、それを書き込まない官僚はいないのである。官僚は白紙手形を切りはしない。「官僚はバカだ」と言い放った政治家は何人もいたが、官僚はそこまでバカではないし、どちからというとバカだと言った政治家や私なんかよりはるかに賢く優秀だ。

文書の偽造や改ざんは、する方にとっても極めてリスクが高い。なぜなら、誰がこんないい加減な文書を作成したのか、誰がそれに承認を与えたのかの責任が問われるからだ。それは組織人として無能力というレッテルを貼られることに等しい。

こんな調子で年間6兆円の公共事業や5兆円の防衛費が使われているのではないか、忖度のもとに白紙手形が乱発されているのではないか、森友・加計学園問題はそのような疑念を抱かせる問題なのだ。