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海王丸と富山湾の曇り空

働き方改革――「復帰」型と「参加」型

最近は働き方を政府が企業や個人に指導する時代になったようだ。しかし、安倍総理が2週間ほど前に行った国会の所信表明演説で「同一労働同一賃金いよいよ実現の時が来ました」(2018年1月22日)と格好良くぶち上げたと思ったら、2日後には厚生労働省が1年先送りを決めたと報道されていた。今朝の新聞でも同じように報道されている。

厚生労働省安倍総理に忖度しなかったのか、安倍総理のいつもの手法なのか分からないが、まあ、政府が主導する働き方改革とはそんなものかもしれない。だいたいにおいて労働組合が弱体化している中での「同一労働同一賃金」の政策は経済界の要請であり、非正規労働者の収入を上げる方向ではなく、社員の収入を下げる政策であることは容易に想像がつく。「同一労働同一賃金」は社員を分断化し、格差を生じさせる方向に作用する政策である。裁量労働制も同じだ。少子化対策、若年労働者不足に対する政府の処方箋と言っても良い。

それはさておき障害者、高齢者、病気などによる職場離脱者や退職者の働き方には「復帰」型と「参加」型があるそうだ。

「復帰」型は職場復帰、社会復帰という言葉の通り、大体において以前通りの働き方に戻ることを意味している。以前通りとは働く日数や曜日、時間が決まった生活、サイクリックな働き方ということだ。

それに対して「参加」型とは、要望や願望という意味合いを含み、自分ができる範囲での社会への関与を意味する。与えられたスケジュールではなく、自分が決めたスケジュールで社会活動を行うのが参加だ。

ここで大切なことは本人が復帰を望んでいるのか、参加を望んでいるのかということだ。復帰を望んでいる人に向かって「いつ来てもいいよ」と言ったり、参加を望んでいる人に向かって働くスケジュールを押し付けたりすることはパワハラになるそうだ。

この話を聞いて確かにそうかもしれないと思った。私はもうすぐ会社を退職する。再就職は「復帰」型を目指すことかもしれない。幸い声をかけてくれる会社や人はいるのだが返事を先送りしてきた。逡巡していたのだ。何かしっくりこない。

その理由がようやく分かった気がした。そうだ私は「参加」型を望んでいるのかもしれない。体力や知力にも不安があるし、もう十分に働いただろうという思いもある。だからこれからは自分が決めたスケジュールで動きたいのだ。

このようなブログそのものは引きこもり行為にほかならないが、ブログのネタ探しに外に出ると参加型になるかもしれない。その程度でいいのだ。それであればお金もさほどかからない。中途半端に働くと飲み代で赤字転落するのは間違いないという妙な自信もある。    

 naspman.comをオープンした。もっと充実した内容のコンテンツにしたかったのだが、抱えるのはやめて、とりあえずオープンした。「とりあえずオープンする」のがWebサイト作成の一つのポイントかも知れないと思い至ったのだ。コンテンツの充実や文章の校正などはこれからだ。暇つぶしには事欠かない。