I don't think so !

じゃあ、お前はどう考えるのだ!

海王丸と富山湾の曇り空

インターネット投票―やるべきだが、やるべきでない取り組み

超党派によるインターネット投票の実現に向けた取り組み

4月18日(水)、インターネット投票研究会主催によるフォーラムが、衆議院第2議員会館で開催された。登壇者は各党の国会議員である。

浦野靖人衆議院議員日本維新の会

柿沢未途衆議院議員希望の党

重徳和彦衆議院議員(無所属)

鈴木隼人衆議院議員自由民主党

中谷一馬衆議院議員立憲民主党

牧山弘恵参議院議員民進党)

三浦信祐参議院議員公明党

山下雄平参議院議員自由民主党

有識者は、

湯淺墾道情報セキュリティ大学院大学学長補佐・教授、インターネット投票研究会主査

河村和徳東北大学准教授、インターネット投票研究会副主査

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「インターネット投票の実現に向けて」フォーラム、2018年4月18日、衆議院第2議員会館、写真中央は牧山弘恵参議院議員

配布された資料には自民党国会議員でつくる「若者の政治参加検討チーム」が昨年の12月6日、野田聖子総務相に自宅のパソコンなどから投票できるインターネット投票の解禁を提言した新聞記事が紹介されていた。

インターネット投票は投票難民を救い、有権者の政治参画意識を高める有効な手立て

投票難民とは在外邦人、障害者、高齢者、離島や山間部など過疎地域の有権者のことだ。たとえば2017年の衆議院選挙では、在外邦人の有権者数100万人に対して投票者数は2万人程度に過ぎない。あるいは全国の投票所の35%が開票作業の関係から投票時間を短縮している。

インターネット投票はこうした投票難民を救い、投票条件の不平等を是正し、選挙事務の効率化や負担軽減にもつながる。そのため各党の登壇者は全員が必要性を訴えた。しかし前のめりなほど積極的に必要性を強調する議員や問題点を指摘する議員、第一歩をどこから踏み出すかという具体策を提案する議員など賛否両論に対する温度差やアプローチの仕方に幾分かの相違も見られた。

問題点はセキュリティなどシステムに関することと投票の自由をどのように担保するのか、といったことである。投票の自由の問題とは、地方選挙で行われているような宗教団体が信者を大量動員して自宅から投票所まで高齢者を車でピストン輸送をする行為が、形を変えてより行いやすくなるのではないかという危惧である。家まで来られては投票の自由も秘密も守られない、ということだ。

インターネット投票とは

一口にインターネット投票と言っても、幾つかの局面がある。投票形態としては以下の3つがある。

①自宅から電子投票する

②投票所から電子投票する

③自宅と投票所を併用する

投票に使用するデバイスとしてはパソコン、スマホ、専用デバイスなどが考えられる。また、自宅と投票所とでは使用するネットワークも大きく変わる可能性がある。自宅からだと通常のインターネット回線、投票所からだとセキュリティを高めたVPN回線や専用線などクローズドネットワークの使用が可能になる。

選挙におけるインターネットの活用方法としては、

①候補者の政策を知らせる(選挙公報

②投票する

③集計する

の3つの局面があり、フォーラムでも、まず、①の知らせることから着手してはどうかとの意見もあった。それとて公職選挙法など関連する法律改正や選挙公報のフォーマット、文字数などについての各党の合意形成が必要であり、極めてハードルが高い。文字数の合意形成とは、たとえば視覚障害者のためにパソコンの読み上げソフトを使ったとき、候補者によって読み上げ時間が1分や3分とまちまちにならないようにするためだ。

実際のところインターネット上で候補者の平等性を確保することは、実現が絶望的に不可能に近い問題なのだ。選挙公報のフォーマットをたとえ統一できたとしても候補者の専用サイトにリンクしてしまうと資金力の差があらわになる。

投票間ぎわに対立候補のサイトに攻撃をかけて閲覧できなくしたり、不祥事のフェイクニュースを大量に流すことも資金力さえあれば容易なことだ。選挙に関連したフェイクニュースは米国大統領選挙でもあったようだし、残念ながら日本の選挙では既に広く普及してしまっている。インターネット投票は投票行為とフェイクニュースの距離を極めて短くする。

現在、投票日には投票所での候補者のポスター掲示しか許されていないのは投票者の平等性を保障するためでもあるが、これと同じようなことをインターネットで実現できるのだろうか。

次に、インターネット投票を適用する局面としては、

①国政選挙や県知事選挙、大都市の市長選挙など大規模選挙に活用する

②市町村議会議員選挙など地方選挙に活用する

ことが考えられる。地方選挙では既に電子投票の導入が試みられたものの、相次いでトラブルが発生して失敗したこともフォーラムで紹介された。下記の記事はシステムトラブルだけでなく、コスト高で電子投票の普及が進んでいないことを報じている。

www.kanaloco.jp

インターネット投票は選挙コストを大幅に押し上げる

フォーラムではインターネット投票に関する2000人の意識調査が紹介された。その中で選挙にかかわるコストが安くなるとの回答者が、高くなるとの回答者を上回ったことが紹介されたものの、これについてはパネラーからも上記の海老名市の事例が紹介され疑問が提示された。しかし時間の制約もあって詳しくは語られなかった。

一般有権者からすれば、投票箱の設置、回収、開票作業がなくなるとコストは安くなると単純に考えがちだが、システム屋からすれば、そうならないことは明らかだ。私の経験でもシステムの仕事は「ハードウエアは壊れ、ソフトウエアはバグを出し、人間は運用にミスる」こととの戦いの連続だった。壊れないハードウエアやバグを検出するソフトウエアが実現できないことは技術的にも論理的にも証明されているし、人間は実に多くのミスを犯す。もちろん、そのことをユーザに説明しても、誰も納得してくれないから、トラブルが発生すると怒られたり、文句を言われたりすることに黙って耐えるしかない。

インターネット投票はこれに加え、外部からの悪意を持った攻撃に対する防御やデータの改ざんがないことの証明が必要だ。アナログ的な投票箱はこのことを物理的に保障しているのである。それを電子的に実現するには実のところ想像する以上に莫大なコストがかかるのだ。

加えて何か月か何年かに一度の一発勝負でしか使わないシステムでいかなるトラブルも絶対に許されないという開発条件が示されたら、私であれば真っ先にシステム受注や開発の仕事から逃げ出すだろう。

セキュリティは常に投入コストに応じたレベルでしかない

ファイアウォールのリアルタイムのアクセスログを眺めた経験からすると、自宅からのインターネット投票は渋谷のスクランブル交差点の真ん中に台を置いて投票するようなものである。

インターネット投票にマイナンバーを使って投票者を特定することも提案されているようだが、ITの大手企業が大量の個人情報を流出させて社会問題化しているのに、どのようにしてIT大手以上の強固なセキュリティを実現するのだろうか。100%完璧なセキュリティが実現できないからトラブルは絶えないことを知るべきなのだ。常に投入コストに応じたレベルのセキュリティでしかなく、コストパフォーマンスの問題なのである。

セキュリティに関してパネリストから暗号化技術が進んでいるから問題ないとの発言もあったが、ネットワークによる入力データの送受信に限定して話しているのだろうが、送受信はシステム全体の一部でしかない。

このフォーラムに参加する前は、10年以上前に米国のIT情報誌でインターネット投票が進まない理由を書いた記事を読んだぐらいで、深く考えたことはなかった。その記事はシステム開発者つくる裏口や管理者のために設ける秘密のルートからの侵入を防ぐことは困難だと書いてあった。システムは開発者に対しては極めて脆いものなのだ。

しかしながらシステム屋としては漠然とではあるが、インターネット投票の方向に世の中の流れは進んでいくのだろうと考えていた。そこで解決すべき現在の課題は何なのかという興味でフォーラムに臨んだのだ。

しかし2時間、フォーラムに参加して登壇者の話を聞きながら考える時間が与えられたとき、インターネット投票は実現すべき課題だが実現すべきではない、もしくは実現可能だが実現しない方が得策といった類いの課題だと主催者の意図に反した結論に達してしまった。ついでに私はかなりのへそ曲がりだったことも思い出した。

もちろん政治家は有権者保護、投票の平等性の確保、国民の政治への参画意識や投票率向上のため、インターネット投票は実現すべきだと訴え続けていかなければならない。IT企業はインターネット投票がひょこっと実現したときに、しっかりとシステムの受注ができるよう活動を支援していかなければならない。

結局のところインターネット投票は技術的課題ではなく政治的課題なのだ。だから実現する可能性はある。

 

 

 

 

 

「同一労働同一賃金」における正社員の給与減と非正社員の給与増の攻防

日本郵政グループは労働組合の要求を逆手にとって正社員の給与減に着手

今日の朝日新聞は、日本郵政グループが正社員のうち約5千人の住居手当を今年10月に廃止することを報じている。寒冷地手当も対象だ。「「同一労働同一賃金」を目指す動きは広がりつつあるが、正社員の待遇を下げて格差の是正を図るのは異例」とのことだ。

www.asahi.com

同一労働同一賃金についてはかねてから政府と労働者側の立場である連合(日本労働組合総連合会)が双方ともに必要だと主張してきた政策である。

政府の立場としては新自由主義者として知られる竹中平蔵氏の「日本から正社員をなくすべきだ」という主張が分かりやすいだろう。極端な意見にも聞こえるが、要は米国並みに仕事内容(職務)に応じた賃金体系、すなわち同一労働同一賃金にすべきだとの主張だ。

それに対して連合は非正社員の待遇改善を目指す方策として、正社員と同じ仕事をしている非正社員の給与を上げるべきだと要求しているのである。しかし残念ながら同一労働同一賃金を根拠とした連合の要求には無理があるように思われる。非正社員の給与を上げるための原資を結局のところ正社員の給与に求めざるを得ない。

今回の郵政グループの決定も、労働組合が正社員だけに認められている扶養手当や住居手当など五つの手当を非正社員にも支給するよう求めたことに端を発している。しかし労働組合同一労働同一賃金の要求が逆手に取られて、非正社員の手当てを一部認めたのと引き換え、それ以上に正社員の手当てがカットされてしまったのである。低い方に合わせられたとも言える。

厚生労働省ガイドライン案では、正社員にだけ支給されるケースも多い通勤手当や食事手当といった各種手当の待遇差は認めないとしている。」(朝日新聞

同一労働同一賃金年功序列の賃金体系の否定であり、大きな流れでもある

日本の雇用慣行は終身雇用と年功序列の昇給・昇格が特徴だ。実力主義や評価制度などが盛んに喧伝されてはいるものの、その大半は年功序列による賃金体系ありきの話に過ぎない。

最近の厚労省のデータはあてにならないので、ここではDODAのデータを元に日本における年功序列賃金体系の実態を表しておこう。

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「2016年9月~2017年8月の1年間に、DODAエージェントサービスに登録した約29万人のデータを元に、正社員として就業している20~59歳までのビジネスパーソンの平均年収」

同一労働同一賃金は職務内容に応じた賃金体系だから、究極は企業一律の給与体系が姿を消し、部門ごともしくは職務ごとに給与が決められ、そこでの仕事の実績に応じて給与が上下するようになる。現在のような定例行事化した採用活動も姿を消し、必要に応じて行う部門ごとの欠員募集的な採用が主流になる。欠員募集的な採用は給与の市場価格化をより鮮明にする。つまり募集して人が集まる金額が給与、もしくは人材市場における需給バランスで給与が決定する、ということだ。『資本論』など経済学の分野では当たり前だったことが、より分かりやすくなってきたということだろう。

たとえば、ここ数年来、IT技術者や会計・経理の専門家は人材不足で、多くの企業が人材確保に懸命だ。しかし集まらないのはトラディショナルな会社であって、年功序列と社内一律の給与体系が足かせになり、市場価格相当の給与を提示できないからだ。

日本郵政グループの手当てカットはリスクではないか

現在の労働市場を巡る大きな問題は、

①若年労働人口の減少

②高プロ人材の不足

ではないだろうか。

 若年労働人口の減少は深刻だ。四半世紀で成人人口は4割減少している。これは優秀な人材もそれだけ減少しているということだ。

アルバイトやパートの比率が高い小売・サービス業では死活問題になっており、人手不足で店舗を閉じたり、24時間営業の看板を下ろしたりしている。アルバイトやパートを社員化する動きも活発だ。テレビではバイト募集サイトのCMが賑やかだが、実際に使ってみてもまったく反応がないと嘆く採用担当者の声も多い。そのためますます多くのお金をバイト募集サイトに費やし、結果、募集サイトが儲かり、より多くのCMが流れている。

そうしたなか日本郵政グループの正社員の手当削減はどのような結果をもたらすのだろうか。手当は年功序列に関係なく条件によって一律に支払われるものだ。そのため若手社員ほど手当削減は懐に響く。それは若手社員の離反を引き起こし、新規採用を難しくするだけではないだろうか。

恐らく経営サイドは正社員と非正社員を分断するようなことをやっている時代ではないとの認識が必要ではないだろうか。労働組合年功序列の給与体系が成立しない時代の中で、組合活動のかじ取りをどうすのか、悩ましい課題が突き付けられている。

安倍政権の掲げる「高プロ」とは中高年労働者のこと

安倍政権の掲げる高プロとは、上記の図でいうと、年齢40歳、年収500万円以上、すなわち中高年の働き手全体のことだろう。それを高プロという言葉でごまかしているに過ぎない。だから残業代や労働時間などが問題になるのだ。つまり会社で働く中高年の給与を下げ、それを原資として研究開発や若年労働者の確保に回したいのだ。財界の要請はそのお墨付きが欲しかったのかもしれないが、本丸は年功序列制度の見直しだったのではないか。その意味では「高度プロフェッショナル制度」はあまりにも筋が悪すぎる。なぜならこの制度では高プロでない人も高プロと呼ばれるようになるからだ。管理職になれない人の年功序列的救済策として流行った専門職制度の焼き直しだ。

本当の「高プロ」を育成し、優遇しないと日本の企業は立ち行かなくなる

上記の「②高プロ人材の不足」の高プロとは文字通りの意味だ。本当の高プロは労働者の1%にも満たない逸材だから、ある意味放っておいてもいいだろう。長時間労働をさせると高プロとしての能力が発揮されないし、過労死の問題は高プロ側にあるのではなく、会社や周囲の「低プロ」にあるからだ。

IT技術者の不足が言われて久しいが、IT技術者とは主にSEとプログラマーのことで、システム設計能力とプログラミング能力だ。IoTという言葉に代表されるように、分野によってはハードウエアまで含めることもある。

そして最近登場してきた言葉がデータサイエンティストとAIである。いずれもIT技術をベースとしており、データ解析やコンピュータの学習機能など特定分野に特化しているのが特徴だ。量子コンピュータも実用化に向けて射程距離に入りつつある。これらは極めて高度な技術で、会社のIT部門に10年や20年務めたら習得できる、という生易しいものではない。何冊かの入門書を読んでも理解できないし、専門書を読むともっと理解できない技術ばかりだ。

このような技術に対応できる人材が高プロだ。今後、従来以上に高プロ人材の確保が企業の死活問題になるかもしれない。

企業の不祥事の連鎖もプロフェッショナルな人材が欠如しているためではないだろうか。

日本企業から高プロ人材が2倍以上の収入を提示されてGoogleやサムソンなど海外企業に引き抜かれている。優秀な学生や研究者の海外流出はかなり前から起きている。高プロ人材は英会話教育を心配せずとも海外でやっていける人たちである。米国では数年前にIT技術者の平均年収が1000万円を超えたのに対して、日本は500~600万円程度だ。

このような高プロを優遇して確保するためにも、「高度プロフェッショナル」という言葉を安易に使ってはならない。武器を防衛装備品と言い換えて武器輸出を解禁するような手法は、もう使うべきではない。現政権のようにウソやゴマカシ、問題の先送りといった旧態依然としたやり方を繰り返していると、本当に日本は沈没する。野党がこれほど弱体化しているのに、次から次に問題が噴出するのは政権の有り様と社会との間に矛盾や齟齬が生じていると見るべきなのだ。

一律から多元的な制度へ

以上を踏まえると企業の人事制度もダイバシティ化、すなわち多元化、多様化の方向に進むしかないように思える。奇策も万人が納得する制度もないのだから、以下はある意味、当たり前のことばかりではないだろうか。

年功序列の賃金体系は、徐々に賃金上昇の傾きが減少する

②部門内の職務分析が進み、職務給による給与差が拡大する

③若年労働者層においては人材確保のため正社員、非正社員の区別や給与差は徐々になくなり、全体として給与は上昇する。逆に中高年齢層の給与は全体として減少する。

④地域限定社員、職務限定社員、高プロ社員など多元的な社員制度の導入が進み、正社員/非正社員に選択が要求される。

⑤キャリア開発的な部門間の人事異動は減少する

年功序列による昇進はなくなり、仕事のできない管理職は大幅に減少する

⑦それでも人材はより流動化する

年功序列の給与体系の見直しは、連動して企業内の多くの制度の抜本的変更を迫るだろう。労働者、労働組合、経営者あるいは一般社員、管理者、役員、例外なく全員がより努力することを求められる時代になるだろう。リタイア世代としては、無責任だが、これからのことで良かったとしか言いようがない。

変化を苦難と捉えるか面白いと捉えるかはコインの表と裏だ。

 

 

 

止まらない不祥事の連鎖は労働組合が弱くなったことが原因かもしれない

シラは切り通し、ウソはつき通す官僚たち

4月10日午後、参議院会館で「国民のための公務員制度をめざす緊急院内シンポジウム」が開催された。テーマは「森友公文書改ざん・加計・「働き方改革データ」問題の真相究明!」、主催は日本国家公務員労働組合連合会

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シンポジウムで発言する東京新聞・望月記者

シンポジウムには写真の望月記者のほか、前川前文部科学事務次官、上西充子法政大学教授、中野晃一上智大学教授が出席した。論客ぞろいの各登壇者は言葉巧みに場内の笑いを誘いながらも、鋭く政権を巡る数々の不祥事や疑惑に切り込んでいった。

象徴的だったのはシンポジウムが終了した午後5時から、主催者である国家公務員の出世頭たちが相次いで野党合同ヒアリングに呼び出され、厳しい追及を受けたことである。

加計学園「首相案件」問題と「働き方改革虚偽データ疑惑」の野党合同ヒアリング。内閣府文科省農水省厚労省の担当官僚が野党議員の厳しい追及にさらされた。「首相案件」問題では野党議員がリアルタイムに中村愛媛県知事の記者会見の内容を伝えながら内閣府に迫った。     

テレビでは真摯な態度で質問する野党議員と、たんたんと答弁する官僚の様子が放送されるだけだが、実際は野党議員の執拗な事実確認の連続パンチと怒号やテーブルドンの下品攻撃に対し、シラとウソの応酬、双方一歩も引かいないバトルが繰り広げられる。官僚はすごく図太い。シラは切り通し、ウソはつき通す。一体全体、どこを向いて仕事をしているのか。

敢えてウソと言ったのはイラクの日報問題があったからだ。小野寺防衛大臣が昨年にイラクの日報が見つかっていたと公表する前日、野党合同ヒアリング(4月3日)で、防衛省統合幕僚監部総括官はイラク日報を発見したのは今年の1月だと野党議員に堂々とウソをついていたのである。執拗な追及に対し1月12日に研究本部、1月31日に衛生部から見つかったとの報告があったと繰り返し説明していたのだ。見つかったのは昨年3月だが報告が上がったのは今年の1月だとする官僚的切り抜けで前線突破を図ろうとしたのだろうが、野党議員はいつ日報が見つかったのか繰り返し問い質していたのである。大臣と直接やり取りする立場にあると本人も認めた防衛省のナンバー3が、翌日の大臣の記者会見の内容を知らないわけはない。せっかくテレビカメラが入っているのだからメディアはこのようなゴマカシやウソをもっと生々しく報じるべきだろう。それが官僚のウソを封じることになるのだ。シラを切りゴマカスのもウソのつき方の一つである。「記憶にありません」もほとんどの国民はウソだと見抜いている。本当に記憶になければ調べるべきだ。調べないのはウソをついているからだ。

本当の組織防衛は組織の透明化

そうした中、「国民のための公務員制度をめざす」労働組合のシンポジウムが疑惑の真相究明になったのは象徴的だ。シンポジウムで配布された資料も森友学園問題、加計学園問題、裁量労働制ねつ造データ問題の経緯が丁寧に整理されている。

労働組合の在り方については議論も多いが、少なくとも自ら組織の不正を正していこうとする姿勢は、労働組合に求められている現代的な意義や役割を感じさせる。

企業にせよ官僚組織にせよ経営トップや政権と対抗する内部勢力が弱体化すれば、説明責任を果たそうとする姿勢や緊張感も弱くなり、トップのやりたい放題となる。組織の透明性が低くくなれば不正の温床にもなる。その行きつく先が企業の不正発覚の連鎖であり、安倍政権である。

不正の発覚した企業で働く人たちは収入が大幅に減少しているだろうし、家族や周囲に対しても肩身の狭い思いをしている。公務員とて同じである。国民から信頼を失っている職場で働くのはつらいことだ。 

過去、労働組合は扇動的な活動に走ったり、経営と一体化したりして組合員の支持を失い、組織率は減少の一途をたどってきた。

しかし、今こそ労働組合は組織の健全化に大きな役割を果たすときではないだろうか。組織のチェック機能としての労働組合である。

 

 

 

 

下品な言葉が溢れるテレビは下品でアホな子供を量産する

サラリーマンをリタイアするとテレビを見る機会が急増する。しかし、そこに平穏な老後の生活などない。イライラさせられる番組やCMが溢れているのだ。政府は放送法を改正して下品なネットの世界をそのまま放送に持ち込もうとしている。下品な与党議員たちのネトウヨのお友達にテレビ放送の門戸を開放しようとしているのだ。もう一つの狙いは高齢者をイライラさせ高血圧で早死にさせようとする陰謀に違いない、政権の究極の高齢者対策だ。そんなわけで我が家では視聴時間の3/4は海外ドラマだ。

ところがそのわずか1/4の視聴時間でもテレビは私の血圧を危険水域に押し上げる。

「くっそー」を連呼するラインのくっそーCM

私のような下品な年寄りが、最近、思わずテレビに向かって下品に毒づいたのがラインのCMだ。テレビで、しかも大声で「くっそー」はないだろう。俳優は柳楽優弥。字が読めん!くっそー!!!。

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(出典:YouTube

間違いなくこのCMで幼稚園児や小学生たちの間で「くっそー」は日常語として定着したはずだ。孫たちから「くっそージジイ」と言われるのはもうすぐだろう。CMを制作したスタッフたちも子供から「くっそーオヤジ」と呼ばれるだろう。ラインはそれでも構わないのだろうか。

総じてネットの世界のCMに下品なCMが多い。儲かればいい、そのためには目立てばいいだけのCMがやたらと多い。工夫もなければ芸もない。

少しはグーグルのCMを見習ったらどうだ。やはり品格が違う。下品なラインはグーグルには勝てない。

「イヤイヤ」CMの後にカレーのCMを流すな

最初に、キンチョーさんの名誉のために言っておくが、このCMが下品だと言っているのではない。

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「♪私のすぐ後、入っちゃイヤイヤ、イヤイヤ、イヤイヤ・・・」

出典:http://www.kincho.co.jp/cm/html/clean_flow_idol/index.html

このCMはとても良く練られた作品だ。出演の女の子たち(アイドルユニットというそうだ)はCheeky Parade。知らんぞ、くっそー!!!

その女の子たちが歌って踊って、良く練って出したモノの匂いを何とかします、というのがこのCMだ。それでも幾分生々しいイラストも登場する。素人目にはこのイラストがなくても十分にCMの内容は通じると思うのだが、そこはプロたちが良く練った結果なのだろう。

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問題は、このCMの前後に流れるCMだ。食品や飲料品のCMが意外と多いのである。もともとテレビでは食品や飲料品のCMが多いので仕方ないのかもしれないが、それにしてもテレビ局さんや代理店さんに「配慮」というものはないのだろうか。

最初に気づいたのが寿司チェーンのCMの直後に「イヤイヤ、イヤイヤ」が流れたときだ。「お寿司の後はすぐにイヤイヤ、イヤイヤか。それじゃ食中毒だろう」。

それからというもの「イヤイヤ、イヤイヤ」の良く練られたフレーズがテレビから聞こえてくるたびに条件反射的にCMに注目してしまうようになった。これこそ音楽の力だ。

するとあるわあるわ、気づいただけでもビール、カップラーメン、清涼飲料水。そしてついに発見したのだ。カレーのCMが流れたのである。イヤイヤ、イヤイヤのすぐ後に「僕はカレーが好きです」のCM。これにはひっくり返りそうになった、広告主さん、いいんですか?

米国では放送局が「広告主保護」を目的として放送前にオンエアーの内容チェックを外部機関に委託している話を聞いたことがある。雑誌で読んだのかもしれない。CMの前後関係や番組の内容がCMや広告主にふさわしいかどうかチェックするそうだ。日本の放送局はやっていないらしい。自動車やビールのCM2連発など競合社のCMが連続して放送されることも良くある。 

最近では街角でCoCo壱番屋を見かけても頭の中にイヤイヤのフレーズが流れるようになった。もう、イヤイヤ、イヤイヤ、くっそー!!!

夕飯時にリクシルは便器のCMを流すな、下痢止めのCMも同罪だ

内容は下品でもなく、カワイイ女の子が登場するCMであっても放送する時間帯によっては下品になる。リクシルの便器のCMだ。18時台という夕飯時に放送しているのだ。しかもご丁寧にレギュラーで放送している。リクシルにすれば流し台やガスコンロなど便器以外にも取り扱っている製品があるのに、ずっと夕飯時に便器のCMを流しているということは、リクシル自身が、そのことに何も感じていないからだろう。我が社のCMが放送されていると単純に喜んでいる社員ばかりなのだろう。やれやれ。

食事時に放送される下痢止めのCMも同じだ。くっそー!!!

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出典:YouTube 夕飯時に流れる便器のCM

不愉快なブランド連呼型CM「ララララランドマーク」

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コメントを書く気にもなれない。このCMも何とかならないか。よくぞこれほど不愉快なCMをつくったものだ、くっそー!!!

下品でバカなお笑い芸人を起用しまくるNHKに受信料を払いたくない

バカなお笑い芸人が下品に食べ、遊ぶだけの民放のバラエティー番組をNHKが後追いするようになって久しい。その傾向にますます拍車がかかっている。

NHKの矜持はないのか、受信料を強制的に徴収しているという思いもないのか。なぜ、バカなお笑い芸人を起用して、民放と同じような内容の番組を放送しているNHKに私は受信料を払わなければならないのだろうか。しかも、NHKの収入は順調に増えているというではないか。良い番組を作るには金がかかる、これを示せるのがNHKだろうし、これこそNHKの生きるべき道だ。バカなお笑い芸人を起用した安易な番組づくりはやめて欲しい。 

それと、最近、7時のNHKニュースもおかしい。「えっ、えっ、これがトップニュース?」など眼を疑うような構成が多い。スポーツコーナー以外でのスポーツニュースが多いのも鬱陶しい。ピョンチャンオリンピックでもメダル3個でメダルラッシュと1日中はしゃいでいた。スポーツは嫌いではないが、民放のようにうるさくはしゃぎ回るキャスターやコメンテーターは嫌いだ。何度も何度も同じ映像を見せられるのも嫌いだ。勘違いしてテレビタレントや政治家デビューするメダリストも嫌いだ。

間違いなく東京オリンピックではメダル1個でもメダルラッシュとNHKは視聴者を煽るだろう。東京オリンピックの影響で復興事業や近所の道路工事、マンション工事の費用がどれほど高騰し、どれほど工期が遅延しているのか知っているのだろうか。東京オリンピックの影の部分が1964年当時と比較にならないほど大きいのだ。東京オリンピックの影の部分に光もあてず、浮かれてばかりいると大変なことになる。それがメディアの仕事だろうが、放送枠が欲しいのか能天気な内容ばかりだ。もうすぐ軍艦マーチを轟かせた東京オリンピック特番が始まりそうな勢いだ。政治家は「後の祭り」で良いが、そのツケは国民が払うことになるのだ。

NHKが民放と同じ道を歩み、浮かれた内容の番組を増やすのなら、民放を目指してもらおうではないか。

受信料だと?オレは年金生活者だ、くっそー!!! 

 

安倍総理の米国訪問(4月17日~20日)―どのような「ほほ笑み」でトランプ大統領に会うのか、どのようなお土産を持参するのか

俳優でもない安倍総理に負わされた新しい「ほほ笑み」

ホワイトハウスのカメラの前でトランプ大統領は「安倍晋三首相と話をすると、ほほ笑んでいる。『こんなに長い間、米国を出し抜くことができたとは信じられない』という笑みだ」と述べた(3月22日)。ツイッターならまだ救いもあろうが、これじゃ身もふたもない。さすがの私も安倍総理に対して同情を覚えてしてしまう。おっと危ない、危ない、「安倍総理は即刻退陣せよ」だった。

あれだけほほ笑みまくって米国に出かけたり日本にトランプ大統領を迎えたりしてきた結果が、この発言である。さて安倍総理は今回どんな「ほほ笑み」でトランプ大統領に会うのだろうか。

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私は安倍総理に会ったこともないが、テレビで見る限り不器用な人のように思える。ゴルフのスイングにせよ国会答弁にせよ、不遜だという声も多いが、私には不器用なようにしか見えない。ただ、不器用なのに本人は器用だと思っているから始末が悪い。まるで運動神経の鈍い暴走族が運転する車のようだ。

恐らくマスコミは、怒アップで安倍総理の「ほほ笑み」を撮るだろう。乞うご期待。

トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争、中国は猛然と反撃、さて安倍総理は?

トランプ大統領安倍総理に対する発言を気にする必要はなく、それがトランプ大統領だ、という意見も多い。

しかし私はとても気になる。トランプ大統領が喜ぶような望外のお土産を持参するのではないだろうかと。オスプレイやミサイルの大量の追加発注などだ。週刊誌では3兆円とも報じられている。ここはしっかりと見定める必要がある。

一方、中国は猛然と反撃し、大豆などを対象にした制裁をちらつかせている。するとトランプ大統領は次のような反応をツイッターで示した。
「中国と貿易戦争をしているのではない。その戦争は何年も前にアメリカを代表していた馬鹿で無能な者たちのおかげで負けている。現在年間5000億ドル(約53兆円)の貿易赤字があり、3000億ドル(約32兆円)の知的財産が盗まれている。このようなことをこのまま続けさせるわけにはいかない!」(2018.5.4)。

明らかに中国の反撃が利いている様子だ。それにしてもトランプ大統領安倍総理も良く似ているのだが、前任者を非難するのはあまりにも格好悪いので、そろそろやめてはどうだろうか。自信のなさがミエミエなのだ。いま、あなた方がナンバーワンなのだ。

さて安倍総理トランプ大統領に対して、毅然と対応するのか、それとも大量のお土産を持参するのだろうか。

問題は「内閣人事局」にあるのか、人事を行う人間にあるのか

十一曰 明察功過 罰賞必當 日者賞不在功 罰不在罪 執事群卿 宜明賞罰(出典:17条憲法

第11条 (官僚の)功績や過失を明察し、賞罰はこれをもとに行え。最近功績不在の賞、罪不在の罰(が見られる)。上に立ち執務している官吏たちは、賞罰を適切かつ明確に行え。

内閣人事局

防衛省の日報の隠ぺい、厚労省の調査データのメイキング、財務省の決裁文書の改ざんなど不正の連鎖の原因を「内閣人事局」に求める意見が多い。政治家の優位性を確保するため人事権を官邸主導にしたのが「内閣人事局」だ。民主党政権で発案され、自民党・安倍政権が2014年4月に成立させた。これにより日本の官僚は完全に「骨抜きにされた」とまで言われている。人事権を官邸が握ったため、官僚たちは忖度して政権に不都合な事実の隠蔽や文書の改ざんを行い、政権に都合の良いようにデータをメイキングするようになった、というのだ。

 人事とは権力の行使である、だから人事する側の見識が問われる

組織において人を行動に駆り立てるのは次の二つに集約できるのではないだろうか。

①名誉とおカネ(昇進・昇格・昇給)

②使命感とプライド(意地)

①が人事に直結する。組織人が「ゴマすり」や「太鼓持ち」と揶揄されようとも人事権を持っている上司に媚びへつらうのは当然のことだ。家族があればなおさらだ。

だから人事の問題とは、される側の問題ではなく、する側の問題であり、する側の見識の問題である。人事権という権力行使の問題でもある。

ところが不幸なことに見識のある人材が人事権を持つとは限らない。特に年功序列の日本ではむしろ見識に欠ける人材が人事権を持つことの方が多いのかもしれない。

人事は権力の行使であるから、見識があるかないかは、行使の仕方が慎重かどうかで見極めることができる。もちろん過去の年功序列の延長で行う保守的な行使を慎重といっているのではない。それは機械的な行使で、それしかできなければ単なる無能力である。

見識がない人間が権力を持つと、やたらと権力をふるいたがるし、人事においては組織や人を無邪気に変えたがる。しかも17条憲法が戒めている情実人事を見識がないから確信犯として堂々とやってしまう。確信犯の場合、結果がすべてだ。結果が良ければ確信犯は極めて高く評価される。英雄とは確信犯である。結果が悪ければ権力の乱用、悪用と厳しく糾弾される。

だから不祥事の連鎖をもたらした今の内閣人事局は、権力の乱用、悪用を重ねてきた結果だと言われても仕方ない。

たとえ内閣人事局を解体しても、恐らく問題は解決しないだろう。常に権力を行使する側の見識の問題なのだ。

見識のなさが招いた不祥事

安倍政権は誕生のときから、「お友達によるお友達政治」とか「お友達内閣」と言われ続けてきた。結局のところ安倍総理の「決められる政治」とは賛成者を集める政治に他ならなかった。一方、菅官房長官などによって繰り返されてきた常軌を逸したマスコミ攻撃などは恫喝政治だ。

およそ権力の行使において、慎重とか見識といったことから、これほど遠い政権も珍しい。

 

 

 

 

 

新手の護送船団方式「官民一体のデータ改ざん」―このままじゃ日本がダメになる

止まらない改ざんの連鎖

財務省の決裁文書改ざん問題が表面化したとき「またか」と思ったのは私だけではないだろう。東芝原発事業に関わる不正会計処理が発覚したのは2015年、それから三菱自動車の燃費データ改ざん、日産、スバルの無資格検査問題が表面化する。我が家の日産エクストレイルも該当車だが、残念ながら1枚の手紙、1本の電話、1言のお詫びもなかった。問題発覚から数か月後の定期検査のときディーラーの営業に問い質したところ「法定点検を終了しているので問題ない」と素っ気ない反応だった。何でもディーラーの点検の方が工場の検査より厳密であり厳格だからだそうだ。やれやれ。

工場における検査が意味のないものなら、どうしてそのような検査が自動車業界には残っているのだろうか。戦後の護送船団方式の名残かも知れない。護送船団方式は、金融業界を中心に、監督官庁が主導して業界内の利害調整や行政指導により日本経済をけん引してきた日本独自の社会主義的経済政策だ。戦後の混乱期や高度成長期には有効だったもかもしれないが、それが結果として企業の自主性や独自性を奪い、官依存の体質を生み出したようである。なぜ、自動車業界は意味のない検査を横並びで続けているのか、なぜ、日産は顧客には謝らずに石井国土交通大臣に謝りに行き、国交省から厳しく叱責されたのか。意味のない検査を巡る不思議な光景だ。何か裏があるのだろうか。

さて、さらに東洋ゴムでは免震ゴムの検査データ改ざんに端を発し、防振ゴムなど芋づる式にデータ改ざんが明らかとなり、神戸製鋼所も同じように品質データの改ざんのオンパレードとなる。神戸製鋼所の場合は執行役員が知っていたとのことだから、文字通り組織ぐるみの改ざんが長年の習慣として行われていた。

続いて三菱マテリアルの検査記録データ改ざんや東レの品質データ改ざん問題。東レの場合は、データは改ざんしたものの安全性の問題がないため、神戸製鋼所の問題が表面化しなかったら公表しなかった可能性が大きいと報道されていた。「公表してやったことを有り難く思え」ということだろうか。だから榊原経団連会長は本年5月までの会長任期を全うする。安全性への影響の大きさではなく顧客と約束した品質を守らなかったという事の重大性を認識していないようだ。というか顧客との約束は守らなくても良い、ばれても安全基準はいくらでも変えられる、という意識なのだろう。まるで中国企業のようだ。

そして真打登場が榊原会長とお友だちの安倍総理だ。肝入りの働き方改革では厚生労働省が労働時間の調査データを改ざんして、改ざんデータをもとに法案を作成し、森友問題では財務省が土地取引にかかわる決裁文書を改ざんして、改ざん文書で1年間国会での議論に時間を費やした。榊原会長と同じように安倍総理も責任を取る気配はまったくない。

政府系金融機関商工中金においても、アベノミクスの評価に関わる毎月の経済統計調査データを調査せずに架空の数値を報告していた。改ざんすべきデータすらなかったわけだ。日本政府発表の経済統計の信頼性を根底から揺るがすものだ。

即刻責任を取ること、取らせることこそ最大の不正防止策であり、日本が生き残る道

今や日本企業も日本政府も世界から信頼を失いつつある。しかも信頼を失うような行為にかかわった人間が責任をとることなく居座っている。 

居座る理由が「不正が起きた原因を徹底的に究明し、二度と起こらないよう対策を講じることこそが私の責任だ」というものだ。しかし残念ながらこれはまったく成立しない。当事者だからできるわけないのである。

それよりもたとえ混乱が生じてもスパッとやめること、もしくはやめさせることだ。これこそが最大の原因究明につながり、再発防止策となるのだ。こんなことは道の理だろう。おおよそ企業や政治の世界では「余人をもって代え難し」はあり得ない。それが成り立つのなら日本の企業も政府もはるか昔に崩壊していたはずだ。代替えとなる人材はいくらでもいる。

大切なことは「不正をすると責任をとらされる」社会にすることだ。契約社会の欧米では締結した契約は愚直に守ろうとする。契約違反をすると莫大な損害賠償や請求が発生するからだ。企業は簡単にふっとび、首も簡単にふっとぶ社会なのだ。株価の下落を招くような行為は絶対に許されない。

それに引き換え日本はどうだろう。なぜ不正の連鎖に歯止めがかからないのだろうか。

もちろん責任者が責任を取らなくて良い社会だからだ。本来、責任者が高額な収入と高い名声を得るのは責任を取るからではないのか。総理や経営者が安穏とゴルフをしていられるのは、いったん事が発生すると責任を取るからだ。責任を取らないのなら、単にゴルフで遊んでいるだけだ。

日本においては護送船団を守ることができるのであれば不正すら黙認されることが、この一連の不正連鎖の中に見て取ることができる。しかし不正が誤魔化しになるとどうだろうか。船底に穴が開いて浸水しているのに、浸水していませんと誤魔化しているとやがて沈んでしまう。

偽装、隠ぺい、改ざん、捏造を繰り返している日本の護送船団に寄港を許可してくれるのは、このままではもうすぐ中国ぐらいになってしまうだろう。ただし、中国までたどり着ければの話だが。